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訪れた執務室には、書類の山に埋もれ尚もそれを現実逃避するかの如く机にうつ伏して眠る大人の姿。


エドワードは小さな溜め息の後、それなりに気を使い扉を静かに閉めた。
ツカツカと歩み寄り、手にしていた報告書を積み重ねられた書類の一番上へと置く。余程疲れているのか、普段なら人の気配で直ぐに目を覚ます男は、尚も規則正しい寝息をし続けていた。

――― どーしろっていうんだよ?

このまま寝ている上官を無視して目的の為次の行動に移すのも有りなのだが、それはそれで次にあった時『嫌味』は更に倍となってエドワードを襲う事は必至で有る。

――― 起こす……とそれは又それで五月蝿いし……。

左手で頭を掻き、視線を巡回させる。

目に付いたのは、普段通勤事羽織っているのだろう黒のコート。取り合えずハンガーに掛かったそれを手に取り、ロイの後ろへ回り込むとそっとその背に掛けた。普段はいけ好かない上官のロイを、エドワードはじっと見詰める。

 先程到着したエドワードはまだ昼食を取っていなかった為、軍の食堂へと足を運んだ。その時、女性軍人達が嬉々として卓上に広げていた写真。

それは『ロイ=マスタング』の写真であった。

 こんなにもいけ好かない上官が、何故女性にモテルのか?エドワードには皆目検討もつかない。
去って行った『アイツ』を待ち続けた母親の心を見て来ただけに、この男が持つ『恋心』はそれと反比例な関係で嫌悪感すら感じる。
女性軍人達の見ている写真からは、普段の嫌味な側面は見られず、女性受けするその笑顔を惜しみもなく向けていた。

――― あんな写真持ってても意味無いじゃん。

 そんなにも想っているのなら直接言えば良いとエドワードは思う。

 
解からない女性の心。

 解からない大人達……。

 カラー写真だけであそこまで浮かれる事が出来る人達を、エドワードは少し哀れに感じていた。
 中には募る恋心を持て余し、泣いている人も居るだろう。

――― 好きなら好きって直接言えば、この誑しなら食事の一つも誘ってくれるだろう?

 心の中での会話に、誰かが答えてくれる訳ではなく、かと言って誰かに答えて欲しい訳じゃ無く、子供のような表情で眠る大人を静かに見詰め続けた。


「……何人の女達がアンタの写真見て泣いてるか想像しろよ、バーカ。」


疲れて眠るその顔をもう一度見詰め、エドワードは部屋を後にする。




 

 


ゆっくりと瞼を開けるロイ。
肩に掛けたコートに、エドワードの写真が入っている事をその時エドワードは知らなかった。




 

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「兄ちゃんと好い仲なんだろう?」



とある島に立ち寄り、いつもの通りに買出しに出た俺は、荷物持ちの男を指差しながらにこやかに笑う露天市場のレディーが放った一言に固まった。






賑わい活気付く市場。
笑いあう人の声・・・顔。

こんな場所は嫌いじゃない。
新鮮で安い食材を求めて歩く俺に声を掛けて来たのは、地元の野菜を売る高年齢のレディー。

「旅の兄ちゃん達!損はさせないよ、寄っていかないか!?」

見慣れぬカラフルな野菜たちに引き寄せられて立ち寄れば、芳醇な香りを湛えた果実に奇天烈な形をした瑞々しい野菜。
思わず手に取りどんな味がするのかと眺めてみる。

「おい、生なやつは明日にするんじゃないのか?」
「うるせー、ちっと待てって」
「おや?旅の兄ちゃん達、出発は明日かい?」

そんな会話から始まり、この野菜の食し方から地元料理のレシピへと話は流れる。
後ろで暇そうに欠伸をするマリモには悪いが、この時が一番幸せとばかりに話を弾ませる。

「おい!」

いい加減じれてきた剣士は、俺の腕を僅かに引っ張る。
まるで井戸端会議の片隅で遊んでいた子供が、母親の関心を引くように仕向けたその行動に良く似ていて、俺はクククと笑った。

「ちっと待てって。試しに少し買って宿で飯を作ってやる」
「……早くしろ」

振り向かずに野菜を吟味している俺は、背後に立つ男の表情は見えない。だが、どんな表情をしているのかは分かる。

――― それぐらい見なくとも俺には分かる。

「兄ちゃんと好い仲なんだろう?」
「えっ!」

ニコニコと裏の無い表情で俺たちの顔を交互に見るレディー。

「ばっ!…まっまさか!!何で俺がこんなクソ剣士とっ!!」
「照れなくたって良いんだよ、お兄ちゃん」

クスクス笑うレディーにいたたまれなくなって、買った野菜を掴まずに立ち上がった俺は、かなり動転していたんだろう。
棒立ちの俺の横からズッと太い腕が出てきて、レディーが差し出した紙袋を受け取るゾロ。

「出発前にまた寄りなさいよ~。」

と、声がする。が何処か遠くに聞こえる。
気が付けば、ゾロが俺の手を握り市場を抜けるために歩いている最中だった。

男同士が真っ昼間から、お手て繋いで歩く様は目立つことこの上ない。
慌てて手を振り切り2歩3歩と後退すれば、切れ長の目が振り向き俺を捕らえた。

たぶん俺は、これでもかってほど顔が赤いだろう。麗しいレディー宜しく握られていた右手を包み込むように両手を握りこんでいる。

しばらく立ち止まり俺の様子を見ていた剣士は、正面を向くと

「……行くぞ」

と声を掛けてくる。




そして、荷物を持たない左手を腰あたりに沿わせると、ニギニギと手を開いたり閉じたりしてクイッと指先で俺を呼んだ。

――― だから…昼間っから男同士手を繋いだら浮くだろう。

「ちゃんと手繋げ。逸れるぞ」

――― てめェが先に迷うだろう!!

「早く宿探して飯喰いてー。てめェもタップリ喰うからな」

振り向く顔は、悪党もはだしで逃げ出す極悪面で……。その中に僅かな照れと優しい眼差しに俺はいつも絆される。
グイと手を強く引っ張るゾロは、俺を隣まで引き寄せると唇を耳元で囁いた。

「そんな馬鹿面で笑うな。我慢できねーだろう」
「は?」
「まぁ、笑っているてめェの方が好きだけどよ」

俺がどんな顔をしていたって言うんだろう?
で、天然に恥ずかしい事を公道で口にする非常識の剣士を睨み付けた。

「だから、てめェは、自然に笑っているのが一番なんだ。そんな可愛く睨んでも迫力もクソもねーからな」

男に向かって『可愛い』とか言うな!と怒鳴って蹴ってみるが、感覚がないのだろう、ゾロは俺の手を緩めたりしない。どこに向かうつもりなのか、俺の手を握ったままさっさと歩みを進める。剣士に引き摺られながら、唖然とした俺は後を付いていく。

だが、恥ずかしい言葉と行動に俯く俺は、怒るどころか何処か温かな感覚が胸一杯に広がって、緩む表情を止める事が出来なかった。

 

 ベットに横になり何気ない話しをしていたが、肌を寄せ合う温もりに何時しかエドワードはウツラウツラと瞼が落ち始める。
 何とか堪え様と努力するエドワードにロイは忍び笑いをしその表情を堪能していると、眠さを堪えた声でエドワードが質問をして来た。

「なぁ…。大佐ってさー、ピアノは弾くけど歌は歌わないのか?」
「必要以上に歌った事は無いな。」
「必要以上って?」
「『アメストリス国軍歌』とかだよ。」
「ふぅん。なぁ…何か歌ってよ。」
「はぁ?……遠慮するよ。」
「何でだよ?」
「歌は苦手でね……。」
「……そっかぁ。俺、大佐の…声……スッゲー………好き…………寝る前……母さん……」

 半分眠っている意識で話しを続けるエドワード。
 『母さん』の言葉に、ロイはエドワードが幼かった頃の『子守唄』の話しでもしたいのだろうと思った。しかし、子守唄など知らない為歌ってやる事は出来ない。

 ロイは、つい最近ラジオで聞いた曲を思い出した。フルコーラスを覚えてはいないが、何故かホンノ何小節かは覚えている。まるで自分達の心を代弁したような歌詞が、強烈なインパクトを残したのだ。

 擦り寄る様に身動ぎをし眠りに付こうとするエドワードに囁くような歌声が届く。
 優しいテノールの歌声に安心感を覚え、エドワードは何時しか深い眠りへと落ちて行った。

 ――― 自分を強く見せたり
     自分を巧く見せたり
     どうして僕らはこんなに
     苦しい生き方を選ぶの?

     答えなど何処にも無い
     誰も教えてくれない
     でも君を想うとこの胸は
     何かを叫んでいるそれだけは真実

 


 

web拍手『a radio program』の続編

 




 

 小賢しい年寄りのお小言を聞きに中央まで来たロイは、親友ヒューズと馴染みのビストロで夕食を取っていた。ビストロといっても言ってしまえば『居酒屋』。気取らず酒を飲みながらの夕食だ。

 

「おい!この頃『豆』と会っているのか?」 

「……イキナリだなぁ。」 



 渋い顔で持って居たグラスの酒を煽って飲み干す。 



「エドは…今、何処に居るかすら解からないよ。」 



 先程まで食べて居た殻の皿を見詰め静かに呟く。 



「相変わらずヘビーな関係が続いているよなぁ。」 

「それでも定期的に顔を出すようになっただけマシと言う物だ。」 



 空いたグラスと引き換えに琥珀色の酒が並々と入ったグラスがテーブルに置かれる。 



「今、話題のラジオ番組を知っているか?」 

「なんの事だ?」 

「中央放送局で収録した番組を全国の放送局で放送しているんだが、まぁ~早い話し『恋愛メッセージ番組+音楽番組』だな。」 

「それがどうしたと?」 

「お前さんが『豆』宛にメッセージを送れば、どこかで『豆』が聴くんじゃないか?」 



 眉を潜めしばし呆れ顔のロイは、言葉無くヒューズを見詰めた。 



「モノは試しだ!そのラジオ番組を聴いてみないか?」 

「………。」 

「マスター!ラジオ無いか?今の時間例の『アレ』放送しているだろう!」 



 勝手に盛り上がるヒューズを横目に、ロイはグラスの酒を急ピッチに煽る。 



 ―――下手をすれば野宿生活の兄弟が、悠長に『恋愛メッセージ番組』を聴いているとは思えない。 



 そんな暇が有れば、文献の1つも読み漁るだろうとロイは思った。 

 



 店内には、先程ヒューズが話して居たラジオ番組が流れ始めた。 

 

『―――続いてのメッセージは、ラジオネーム『鋼』さんから……』 



 席に戻って来たヒューズとグラスを口に付けたままのロイはお互いの顔を見合わせた。 



『メッセージを送りたい人は『焔』って書いてあるね!メッセージは『必ず戻る。』とだけしか書いていないね。で、リクエスト曲は……』





「『豆』も俺と同じ事を考えたみたいだな。……おい。顔が赤いぞ!?」

「……酔っているだけだ!」 

「普段酒が顔に出ないお前がか?」 

「うるさい!!」 



 にやつくヒューズを無視し、リクエストされた曲に耳を傾ける。 

 

 

 ―――答えなど何処にも無い 

    誰も教えてくれない 

    でも君を想うとこの胸は 

    何かを叫んでいる。それは真実。 

 

 

お題提供
Imaginary Heaven様 (現在LINK先様閉鎖?)
管理人:遙様
ジャンル:お題配布サイト

 



もし……その行為で良いのなら、俺は嫌じゃないかもしれない。

 資料室で大佐が俺にKissをして来た。
 文献を読み耽っていて存在に気付かなかった俺は、驚きの余り息をするのも忘れ苦しくなるその行為を止めて欲しくて、大佐の背中を何回も叩いた。
だけど、そんな事では離してくれず、角度を変えるため離れる瞬間に息を継いでまたその行為に翻弄される。
軍服に縋り付くようにしていなければ、その場に沈み込みそうだ。それでも身体は何時しか強張っていた力が抜け、漂う感覚を味わっていた。

 やっと離れた大佐の顔を残った気力で見上げれば、クスリと意地の悪い笑みを浮かべている。悔しくて顔を赤くすれば、更に上機嫌な笑みを大佐は浮かべた。

「いきなり何何だよ!」
「何ね、折角君が来たのに私ではなく文献に意識を取られてしまって悔しいから、ついね。」
「はぁ?文献に妬くか?」
「妬くよ。」

真剣な眼差しはオチャラケを許さない雰囲気で、俺はそれでも言葉を選び大佐に話し掛けた。

「アンタが言ったんじゃないか、『離れていても心は共に在る。』って。だから………解かれよ。」
「嬉しい事を言ってくれるね。」

そう言いながらもう一度顔を寄せる大佐。

「だから……邪魔するな。」
「だから、会った時は身も共に在りたいな、エドワード。」
「アンタ我が侭だ。」
「今更だな。」

 受け入れたKissは何処か優しくて、こそばゆくて、それでも俺は心に温かなモノを感じた。

軽いKissにも、深いKissにも何時もそれがあって、俺は少し……ほんの少しこの時が好きかもしれない。


 心も身体も共に居られる事がどんなに幸せかこの時しか解からないから、この短い時間で有りっ丈の気持ちを込めそのKissに返した。


――― 俺もアンタと共に居るよ。

   何処に居ても……
   何をしていても……


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